カウンター
[PR] ペット火葬 世田谷

3月


一年間を振り返って





毎年1年間が過ぎてしまうと早いなと思います。年度初めの4月、これからの一年間を思うと長いなという気持ちになるのは何故か不思議に思います。




小羊保育園は平成21年に「幼保連携認定こども園」なって5年間過ぎました。しかし制度、環境が変わっても子どもはいつも同じ子どもです。




昔から言われています。「三つ子の魂百まで」は最近科学的にも証明されています。小学校入学前にどんな環境どんな経験をしてきたかがその人の人生に大きく影響すると。




私が幼保連携型認定こども園に踏み出したのは保育園の良いところ、幼稚園の良いところを取り入れるためです。その為には労働厚生省と文部科学省の両方の認可基準を満たさなければなりません。幼保連携型認定こども園になるにはハードルが高いのです。




制度だけでなく保育と教育のバランスも大事です。幼児期の過ごし方はバランスが大事です。一つに偏ってする保育もあります。しかし幼児期の子どもの成長を促すのにはバランスの良い環境を与えていくのが大事です。




こひつじ園の子どもたちは最高です。大きな声で泣く子、先生の指導に従わないで自由に遊びまわる子。きちんと整理整頓の出来る子。駆け足の早い子、苦手な子。幼い子どもは色々です。そんな仲間と一緒に生活することによって社会の豊かさを経験します。




3歳になった、たんぽぽさんの子が三輪車を求めている友達に自分から貸してあげる姿が見られました。「かして。いいよ。」が出来るのです。




虫の好きな子、嫌いな子。性格は色々です。みんなで一つの目標に向かって進むこともあります。発表会などでその素晴らしさに私は目頭が熱くなります。




学校では一斉授業が始まります。慣れるまでは苦労すると思います。しかし、こひつじを卒園した子はすぐに慣れます。みんなはこの一年間で身体も心も大きくなりました。




最後に園長先生の好きな聖書の言葉を贈ります。「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」(ルカによる福音者2章52節。)




こひつじ園はこれからも職員一同心を合わせ、子どもに何が最善の保育を考えながら日々進んでいきます。これからも暖かいご支援をよろしくお願いします。

2月


倉橋惣三





倉橋惣三は大正から昭和にかけ日本の保育、幼稚園に多大な影響をもたらした人です。保育養成学校で必ず一度は授業の中で聞く名前です。


この人が子どもを見ることに影響を受けた人物が二人います。一人はスイスを中心に活躍した教育者ペスタロッチです。もう一人は日本人で聖書研究をしていたキリスト者内村鑑三です。




倉橋惣三は血気盛んな青春時代、旧制第一高等学校と東京帝国大学時代に内村鑑三のもとに毎週通い続けました。一番学びの進む時に内村鑑三について熱心に聖書を学び聖書研究を発表していました。




ですから倉橋惣三は子どもを見るとき、聖書の視線に自分を置いたのです。それが後の幼児教育者として大きな功績を残すことになりました。それは一言で言うと「神の愛」という言葉に表されます。




聖書は奥の深い書物です。そして世界の中で一番長い歴史を持って世界中の人から読み続けられて来ています。




こひつじ園の一日の始まりは園長と共に聖書を職員で輪読し、園長が短い話をし、そして先生たちが代わり番でお祈りをしてから始まります。これは小羊保育園として始まった37年前から休まず続けていることです。




聖書は素晴らしいことは分かっていても難しいからと敬遠される方もあります。確かに書かれた時代は2,000年も前です。書いた人は主にユダヤ人です。我々日本人から見れば外国の難しい本との印象があります。




ユダヤ人ではないアメリカのリンカーン大統領は「人間にとって生きることの必要なことは全て聖書の中にある。」と言いました。




子育てにとって何が必要なのか?生きるとは何か?自分はいったい何なのか?いろいろな疑問を持つことがあります。そんな時、聖書は大きな導きを与えてくれます。




確かに一人で学ぶのは難しいです。園長はキリスト教会牧師でもあります。聖書を一緒に学んでみませんか。お手伝いをします。


参考文献 「子どもに生きた人・倉橋惣三の生涯と仕事(上)」
     フレーベル館 2008年

1月


小さなことに





新年明けましておめでとうございます。


1年の速さを感じる年齢となりました。特に園児の成長の大きさを見ていると実感します。1年で園児はとても大きく成長します。毎日成長を見られる園児と一緒にいる仕事が出来る事を感謝しています。




先日、カトリックの渡辺和子さんの書いた本を読みました。渡辺先生が学長をしている大学での出来事です。




生徒たちの試験の期間になりました。それぞれ試験問題に取り組み、一生懸命考え答えを書いています。早く終わったある生徒が立ち上がって席を離れる時、机に残っている消しゴムのかすをティッシュペーパーにまとめてから席を離れた行為を見て、心温まる思いになったと書いてありました。




大体の生徒は息を吹きかけて机から下に落とすそうです。掃除の時間もあるのでみんな気にしないでしている中での行為です。でも、この生徒はなぜかティッシュに入れて消しゴムのかすを持っていったのです。




小さなことかもしれませんが、渡辺先生に大きな感動を与えたと書いてあります。




マザーテレサが言いました。「大きな川の流れは小さな一滴の水から始まる。」と。




乳幼児の園児にはそこまで気づくことは難しいことです。でも親はそのような行為を子どもたちに見せることが出来ます。




決められた時間に余裕を持ってスタンバイする。小さなことかもしれませんが大事なことと考えます。特に私たち保育に当たるものとしては心備えなければならないことです。




危険の予知。遊んでいる姿を見ていてそこに小さな危険を含んでないのかを予知しながら見守ること。楽しいからといって危険を予知できない保育とでは大きな違いがあります。




聖書に「小さなことに忠実だったから、わたしはあなたにたくさんの物を任せよう。」(マタイ福音書25章)という言葉があります。




この年、小さなことでも、僅かなことでも与えられていることをしっかりとやり遂げられる1年にしたいです。それがやがて大きな実を結びます。

12月


クリスマス





早いもので今年も12月です。残すところあと一ヶ月。巷はこの時期クリスマスで満ち溢れます。


クリスマスはそれだけ素晴らしい出来事です。神の独り子イエスキリストの誕生です。正確には誕生といわないで「降誕」と言います。




こひつじ園の年長さんの劇も「降誕劇」と言います。降誕とは字のごとく降りて誕生したことを意味します。




聖書ではイエスキリストのことを「天から降って来た者」と呼んでいます。(ヨハネ福音書3:13)天とは神様の住むところです。




イエス様は神として天にいました。天の世界の素晴らしい耀きは聖書に書かれています。その天からイエス様はこの地上に降りてこられた。人の子の姿を取ってこられた。それが世界で祝われているクリスマスです。




降りてきたのは目的があるからです。神様の恵みを人類に知らせるためです。人間は神様に創られた哺乳類の一種です。他の哺乳類と違うところは神様との交流が出来ることです。そして神様はご自分が創られたすべての存在物で人間を一番愛しているのです。聖書には「私の目にあなたは高価で尊い。」と私たちに語っています。




「神様」といわれてもほとんどの人には実感がありません。関係ないと思う方がほとんどです。いや神がいるなら見せて欲しいと、見世物のように神を考える人もいます。




狐や牛が神様ではありません。神様は社に閉じ込められて人間に運んでもらわなければ移動できないお方ではありません。神様は霊的な人格者です。人格者であることは私たちを人間として受け止められるのです。




その神様は天から人類を見下ろしているのでなく天から降りて来て私たちに神様の恵みを伝えてくれました。それは「神は愛です。」と言うメッセージです。クリスマスは神の愛のメッセージが現れた記念です。




神様は今も私たちに向かってこのように語っています。「私の目にあなたは価高く、貴くわたしはあなたを愛している」(イザヤ書43:4)。




クリスマスはこのメッセージを聞けるチャンスです。ですから全世界中が喜びに溢れるのです。

11月


目標と努力





今年の運動会、天気にも恵まれました。(少し暑かったですね。)


今年も保護者の皆さまの協力をいただいて盛大に行われました。昨年のお子さんの姿と比べると大きな成長を目にされたことと思います。




本当に「こひつじ園」の子どもたちは素晴らしいです。たくましさを感じます。




教育の大事なことの一つに「目標を掲げる」があります。その目標もはっきりしたものが大事です。学校に行っても目標をもって学ぶことが必要です。こひつじ園の目標の一つにマーチングバンドがあります。完成し多くの方々の前で披露する姿です。




そこに至るには毎日の努力が必要です。目標達成には努力が欠かせません。繰り返して練習します。




これは学校の勉強にも通じます。努力なくして達成はありません。努力することによって自分たちの目標に近づくことが出来ます。目標と努力は表裏一体です。




乳幼児期にこのことを学ぶことはこれからの成長にとって大きな力となります。好きなことをして遊ぶことも大事です。園庭での砂遊び、三輪車に乗って遊ぶ、遊戯室で、お部屋でそれぞれの思いを持って遊ぶ。




しかし努力は好き勝手な姿でありません。初めは出来ないことをするのですから自分から進んですることは少ないです。指導する先生の下で練習を重ねて行きます。出来なかったことが出来るようになって来た時の喜びは大きいです。そして多くの方々から大きな拍手を頂いて子どもたちも感動します。




目標の80パーセント出来れば上出来です。人にはそれぞれ違いがあります。100点に達しなくても「よく頑張ったね。」と褒めます。




私もピアノを弾くことが50歳後半まで全く出来ませんでした。60歳になりドレミから弾く練習を始めました。今では出来なかったピアノが少し出来るようになった嬉しさがあります。




子どもたちはこれからの可能性を沢山持っています。出来なかったことがどんどんできます。




園の教育の一環は目標を掲げることでもあります。そして努力する。どんどん可能性が広がっていきます。



10月


運動会





今年も運動会の季節がやってきました。今年は10月12日(土)です。




新年度が始まった時は新入園生を迎えて毎日にぎやかな日々を過ごしていました。そして夏を過ぎ、今はみんな楽しい園生活を過ごせるようになっています。




この時期、運動会に向かって年齢に応じたプログラムを考えて、各クラス練習に入りました。練習は繰り返して行っています。そのたびに今で出来なかったことが少しずつ出来るようになってきます。




園生活でのこの時期は子どもたちの発達の成長が著しく見られる時でもあります。




言葉を話せなかった子どもが単語を覚え自分の気持ちを単語で伝えるようになります。単語がつながり文章になって相手との交流が出来るようになります。それとともに記憶力もどんどん増していきます。体力も増してきます。




子どもたちの持っている潜在能力は驚くべきものがあります。運動会の練習をすることはその能力を大きく引き出し成長できる時でもあります。




こひつじ園が長年取り組んでいるマーチングバンドはその集大成とも言えるものです。持っている能力が最大限引き出せるプログラムです。その姿は見る人に感動を与えます。




昨年の運動会と比べると子どもたちの成長が具体的に目で見ることが出来ると思います。どうぞ楽しみにしてください。各園児のそれぞれの一生懸命な姿は素晴らしい経験です。




そして演技が終わったらいっぱい褒めてあげてください。褒められることによって心は豊かになります。どんな演技をしても批判的な言葉は禁止です。子どもなりに頑張っている姿を受け入れてください。沢山の方々の前で演技する子どもたちを応援してください。




運動会は沢山の方々に参加していただける場でもあります。保護者だけでなく祖父母、親戚の方、そして地域の皆さんが一同に集まりこひつじ園を応援していただける機会でもあります。また、子どもも大人もみんな参加して楽しめる時でもあります。このような行事は他にありません。




そしてプログラムに参加してくださるお父さんお母さん、今から準備運動をしておいてください。私も昨年のような失敗はしないように今から準備をしています。


9月


感性を育てる





身体障害のため口に絵筆を加えて絵を描いたり詩を作ったりしているキリスト教詩人 星野冨弘さんがいます。とても心温まる詩を書いています。


そんな中で私の気持ちを引き付けた詩があります。

「黒い土に根を張り、どぶ水を吸って、なぜ、きれいに咲けるのだろう。私は大勢の人の愛の中にいて、なぜみにくいことばかり考えるのだろう。」




次の詩もそうです。私の心に焼き付いています。




「神様がたった一度だけ、この腕を動かして下さるとしたら、母の肩をたたかせてもらおう、風に揺れるぺんぺん草の実を見ていたら、そんな日が本当に来るような気がした。」




星野冨弘さんは、元々キリスト教には関係なく青年時代を過ごしていました。中学体育授業の時、模範演技が失敗して身体にダメージを受け、首より下の機能が働かなくなり長い間ベット生活をしている方です。




半世記「愛、深き淵より」が発売されています。この人には豊かな感性があります。




「感性」それは心の豊かさです。星野さんの感性の原点はお母さんの愛と、聖書にあります。お母さんの影響は子どもにとって何よりも大きなものです。お母さんを想うたびに暖かい思いを浮かべられるようになることは大きな財産です。親が子に与えるられる一番大きなものです。




お母さんに対する気持ちを詩に現わした星野さんは幼い時にそんな関係をお母さんから受けていたのでしょう。母が子を育てる基本はここにあると思います。もう一つは聖書です。




NHK大河ドラマ「八重の桜」は後半に進みました。八重は会津城に立て籠って激しい戦闘を経験しました。その傷は心に大きく残ってしまいました。心配した兄覚馬は何と妹に聖書を勧めたのです。キリスト教禁止令が解かれて2年後です。




八重は最初、聖書の記述に戸惑いながらも聖書を学び洗礼を受け、キリスト教学校同志社創立者 新島嬢と結婚し、キリスト教教育に力を入れ一生を全うしました。




聖書は八重の傷をいやす力があっただけでなく新しく生きる力を与えたのです。




今、子どもたちは感性が乏しくなっています。心を豊かにすることはそんなに難しことではありません。



8月


食育



今年の梅雨明けは例年より半月早く7月6日でした。その後一週間猛暑が続きました。急な梅雨明けでしたから身体が熱さになれるまで時間がかかりました。




そんな中、園の菜園では夏野菜が順調に育ちました。特に一番手前にあるキュウリの生長が早かったです。子どもたちは毎日目にしていて「小さなキュウリがなったよ。」と、言っていたら次の日には大きくいなっていました。




私が一本取り子どもたちの手にあげると、「痛い!」と言う声がしました。畑のキュウリには小さなとげがあるのです。皆はスーパーにあるキュウリと違う感覚でおそるおそるで触りました。




別なキュウリを取り私が二つに折って食べたら「私も食べたい。」と言う声が上がりました。次の日からクラスに朝採りしたキュウリが並びました。取立てのキュウリはみずみずしく、そして少しの甘さもあり歯ごたえも気持ちよくまるで果物感覚です。




少し味噌をつけて食べた美味しい味は食感としていつまでも残ると思います。そして、もっと食べたいと何回もお変わりして食べました。




今年の収穫は順調でした。肥料は給食の残飯を基に落ち葉や稲の茎などを混ぜた有機栽培です。農薬は一切散布しません。ばら組以上の子どもたちは何回も食べました。




たんぽぽ以下のクラスにはまだ食べたい気持ちは起こらないようです。でも2歳児でも食べた子どもはいます。




子どもたちは春に植えられた小さな苗を見ます。日ごとに育つ姿を見ます。そして小さな黄色い花が咲いたらすぐに赤ちゃんキュウリがなりました。見る見る内に大きくなりました。野菜の生長を見、それを手にして食べる。お店に売っているものとは違う味を体験した7月でした。




スイカがなりました。何故か小さな子どもたちは毎日砂をかけて大きくなれといっています。みんなの目の前でスイカを割って食べられたらいいなーと思いながら砂を除いています。




植物の生長を見るのは心を豊かにします。それを「食育」と言います。私は野菜つくりが好きです。




7月


子育て支援



子ども・子育て3法案が昨年成立しました。平成27年度から保育園、幼稚園、認定こども園の3形態が正式に始まります。




乳幼児の保育、教育はこれまで戦後60年間、保育園、幼稚園の2形態で行ってきました。それが大きく制度変化します。


特に政府が力を入れているのは「認定こども園」です。そこには保育と教育の機能が与えられています。また認定こども園の大きな特徴は全ての子どもに対して「子育て支援」を行うことです。これは地域の乳幼児全員が対象です。




そして今までは「保育に欠ける」が入所条件でしたが、認定子ども園では「保育を必要とする」誰もが入所できるようになります。それだけ認定こども園には多くの働きが任されます。「子育て支援」は認定こども園だけでなく全ての保育園、幼稚園にも義務化されます。




保育・教育の主体は園でなく家庭です。そこが主であって園は子どもの成長をサポートする立場になっています。その為には家庭と園との関係を密接にする必要があります。具体的には「連絡ノート」の活用があります。




しかしさらに内容を深めるには保護者の方と顔と顔を合わせて話することが必要です。




子どもは成長します。園を卒園すると小学校に進みます。そしてやがて中学校にと。それぞれの年齢にあった支援者がいます。




私たちは小学校入学前の年齢のお子さんをお預かりしています。その年齢のお子さんに対して保育と教育の専門性を備えています。




子育ては永遠の課題です。これでいいという方程式はありません。10人いれば10の性格があります。教科書の通りに行かないのがこの年齢の子育てです。またそれだけに難しさもあります。




どのように育てて良いか悩んでしまうこともあります。そんな時は園と一緒になって考えていきましょう。一日の大部分を私たちと過ごしている子どもたちです。友達との人間関係、個性、色々なことを私たちは見ています。もしかしたら保護者の方が知らない面も見ているかもしれません。園児の姿に対する情報を沢山持っています。




こひつじ園は、子育て支援にも力を入れていきます。何かあったら遠慮なく声をかけてください。

6月


 神様の創造の傑作品 主任保育士:平山和子



きれいな青空の下で、園児たちは元気いっぱい遊んでいます。0才から年長児まで、それぞれの遊びに夢中です。




一人ひとり、みんな違って特徴があります。神様の創造の凄さを感じます。同じ人は誰もいないのです。また、成長の仕方もそれぞれ個性があります。




今回は少し、私が学んだことを書かせて頂き、子育ての参考になればと願います。




脳重量の変化


・・新生児の脳重量はおよそ330g。成人の男子はおよそ1340~1400gであり、成熟時脳重量に対する百分率で示すと、満1歳で成熟時脳重量の66~68%、満6歳には90%近くに達する。心の発達もこの時期に変化がいちじるしく、原始的な心の動きである情動(快、不快、怒り、おそれ)がヒトとしての心の動きである情緒へと分化していき、5歳ころには成人レベルの情緒の基本要素がそろうようになる。(引用)




こひつじ園に在園中に脳の90%近くが発達し、心の発達も成長し、成人レベルの情緒の基本要素まで達するというのです。




まだ小さいから、保育園、幼稚園児だからという考えでは、将来に向けて不安になります。今が大事なのです。




私がこの道を選んだ理由は「教育は小学校では遅すぎる。その前の幼児教育が大事だ」という決断をし、小学校の教諭を目指していましたが進路を変更したのです。




先日、テレビでも脳の前頭葉の発達について放送していました。褒め方一つとっても感情込めて心からほめると、前頭葉の発達がぐんぐんと。淡々とあまり感情入れず冷静な言葉での褒め方では、反応は薄いのです。不思議ですね。




「がまん」子どもたちにとって苦手なことかもしれませんが、我慢出来る子は、前頭葉がよく成長し、コミュニケーション力がつき、将来の人間関係に影響が出るそうです。褒め方と我慢させること、この2つだけとっても今の成長にとても大切であることを、頭の片隅に入れておきましょう。




お子さんの成長のことで心配な事や相談したい事がありましたら、いつでもお声をかけて下さいませ。


5月


 藤のように



新年度が始まり新しい園児を迎えて一カ月が過ぎました。




今は泣いていた園児たちも徐々に生活に慣れ心配ごとも少なくなり新しい事に目が向くようになっています。泣く声もいつの間にか聞こえなくなってきています。




今年の天候は例年になく荒れていると思います。一日で差が10度以上も変化したり台風並みの暴風が来たりしました。しかしそんな中でも季節の移り変わり、時間の流れは続いています。




今年も園の藤棚の花が見事に咲きました。4月末に満開です。この藤は30数年前に30センチくらいの小さな木を散歩に行った時里山からいただいて来たものです。自然の山藤です。




各地には手を加えたきれいな大きな藤の花が咲いています。でも私はこの自然なふじの花が好きです。花房はそんなに大きくありませんが日よけの棚一面にぎっしりと咲き甘い香りを出しています。




引っ越しする前の保育園の園庭でもきれいに咲いていました。引っ越しする時この木は持っていくと決めていました。




植え木職人に頼み長いツルをほとんど切り取り、根も短くして今のところに移植いました。根付くか心配しましたが。年を追うごとくツルも伸び始め今では広い日陰の棚の上を覆っています。その下に立つと淡く甘いほのかな香りがします。やはり自然の藤は生命力が強いです。今年も花が終わったらツルが伸び始めます。どこまで広がるか楽しみにしています。




この藤棚の下で遊ぶ園児たちも、子どもの持っている自然な力をいっぱい伸ばして欲しいと願っています。小さな花でもいいからきれいに咲き、淡い甘い香りを出してその下にいる人たちにさわやかな気持ちを与えられる人間に育ってほしいです。




朝の送りの時、お迎えの時にこの藤に目を向けて頂けたらと思います。

4月


 新年度をむかえて



4月1日から多くのところで新年度が始まりました。




昨日3月31日は日曜日で世界中の教会(全ての教派のキリスト教会)ではイースター礼拝をしました。




地球上全人類の人口の約3分の一の人がイースター礼拝をしました。キリスト教の少ない日本ではなじみの少ない出来事です。




イースターは日本語で「復活祭」と言います。十字架上で死なれたイエス・キリストが死よりよみがえったことを記念する教会の大事な行事です。イエス・キリストは新しい命によみがえりました。




新年度、多くの学校や会社では新入生、そして新入社員を迎えて新しい出発を始める、区切りの日でもあります。私たちも3月に卒園生を送り、4月に新しい子どもたちを迎えて一年の保育が始まります。




人間はお母さんのおなかに命として芽生えてから驚異的な速さを持って成長しています。それはこの世に誕生してからも続いています。




保育指針の中に「子どもは良い環境の中で育てられる。」と書いてあります。最大の環境は人間です。おもちゃではありません。子どもにとって親は最高の環境です。子どもは親が育てたように育つといわれています。その親御さんから私たちは大切なお子さんをお預かりして保育に当たっています。




保育園・幼稚園での人的環境はそこで働いてる職員です。私たちは保護者代わりにはなれませんがお預かりしたお子さんを自分の子どもを育てている想いを持って保育に当たります。




このような施設では高価な遊具を揃えているから環境が整っているとはいえません。どんな保育士がどのような保育をしているかが一番大切な環境です。ですからお預かりした私たちにはお子さんの成長に対して責任があります。




イエス・キリストは十字架で死なれました。イエス様の弟子たちはこれで全てが終わってしまったと絶望感に襲われました。しかし、イエス様は絶望といわれている死からよみがえりました。




私たちの保育園・幼稚園はキリスト教の教えに導かれています。絶望的な中にあってもそこから立ち上がれる力を神様は与えてくださいます。




この一年間を通じて子どもたちに少しでも思いが伝わるような保育をしていきたいと思いお祈りしています。



※スライドショーの1人単位の園児写真は保護者の了承を頂いての掲載です

img_7876.jpg img_7809.jpg img_6817.jpg img_6868.jpg img_6953.jpg img_6865.jpg img_7875.jpg img_7868.jpg